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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4006号 判決

原告

イ・アイ・デュポン・デ・ニモアース・エンド・カンパニー

共同参加人

東洋レーヨン株式会社

右両名代理人

根本松男

中松澗之助

加藤勝三

能村幸雄

中村稔

松尾和子

被告

福原文策

右代理人

福場吉夫

芦田直衛

主文

一1  被告は別紙第一目録記載の方法を使用してナイロンテグスを生産し、生産したナイロンテグスを譲渡し、または、譲渡のために展示してはならない。

2  被告は、その肩書住居地において占有する別紙第一目録の一の(1)、(2)、二の(1)、及び一の(1)もしくは(2)ののうちに二の処理を行う各方法により生産したナイロンテグスを廃棄せよ。

3  被告は、その肩書住居地において占有する溶融紡糸機、冷却用中空ドラム、ローラー、水受け流し(皿)、冷却槽、樋状液槽を除却せよ。

二  被告は、原告に対し、金百五十八万五千九百二十円及びこれに対する昭和三十六年六月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告及び共同参加人のその余の請求は、棄却する。

四  訴訟費用は、これを六分し、その一を原告の、その一を共同参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、原告において金五十万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一当事者間に争いのない事実

原告主張の請求原因第二の一から三(編注A)及び共同参加人主張の請求原因第三の、二(編注B)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(編注A) 第二 原告の主張

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一 原告は、次の特許権を有する。

名称 繊維製造用鎖状縮合過異量体の性質殊に冷伸延性を改良する方法

出願 昭和十二年七月二三日

出願公告 昭和十六年七月二五日

登録 昭和二十五年十一月一一日

特許番号 第一八五、、一一四号

もつとも、本件特許権は、昭和十六年十月十六日に特許査定がされたが、昭和十八年九月六日、工業所有権戦時法第一条第二項第二号により不特許処分となつたため、原告は、昭和二十五年四月二十一日に連合国人工業所有権戦後措置令第七条の規定に基づき、特許出願回復申請をし、同年九月六日に、昭和十六年十月十六日付特許査定の状態において回復され、昭和十六年十二月八日から昭和二十六年二月十九日までの期間は特許権の存続期間に算入しないとされた。

二  本件特許発明の願書に添付した明細書には、特許請求の範囲として、「過異量体を、(1)加熱又は溶融状状態にある間に液状不活性熔媒を用いて急冷するか、或は、(2)水、アルコール、グリコール、ヒドロキシエステル、ヒドロシケトンの如きヒドロキシ化合物の一種又は一種以上よりなる液状又は気状の不活性溶媒の一種又は一種以上をもつてなるべく飽和するまで処理するか、或は、(3)前記(1)の処理ののち(2)の処理を行い、次に、かく処理せる処理せる過異量体を必要に応じて冷伸延することを特徴とする不整列又は一部整列せる繊維製造用鎖状縮合過異量体、殊に、ヂアミン二塩基酸型過ポリアミドの性質殊に、そのその冷伸延性を改良する方法」と記載されている。

なお、昭和三十一年十二月二十八日公告された特許発明明細書に掲載されたものは、昭和十六年七月二十五日公告されたものと異り、一部脱落があつたので、昭和三四年十二月十二日特許特許明細書の訂正が特許庁公報に掲載されたものである。

三  本件特許発明の目的は、前記方法により、強靱柔軟であつて、繊維組織が破壊されず、有効に常温伸延を遂行することができる線条、紐板又は類似物を得ることにある。

(編注B) 二 共同参加人は、昭和二十六年六月一日、原告から、本件特許権につき、ポリアミド(ナイロン)の製造、販売、拡布に限り実施許諾を受け、昭和三六年十月十八日、右実施権を設定してその登録を経由し、専用実施権者としての地位を取得した。

二被告のナイロンテグス製造方法

(一)  〈証拠〉、鑑定人Uの鑑定の結果、検証(第一、第二回)の結果に本件弁論の全趣旨をあわせ考えると、被告は、次の方法によりナイロンテグスを生産していることを認めることができる。

(1)  昭和三十四年一月から昭和三十五年四月ごろまで

(イ) ナイロンチップをナイロン溶融紡糸機に入れて加熱して溶融し、溶融したナイロンをノズルの押出孔からナイロン線条として押し出し、右ナイロン線条を溶融機の前に設置してある水槽(中三十センチメートル、長さ一メートル五十センチ、深さ四十センチメートル)の中に設置してある直径約十センチメトールのガイドロールに捲きとり、水槽の中に入れてある水で冷却(急冷)し、冷却したナイロン線条をコンベアの大ロールと小ロールの間に引き入れて、コンベアのそばに置いてあるタライに収納する(以上は未延伸ナイロン線条である。)

(ロ) 右(イ)のナイロン線条を約二十四時間放置してナイロン線条に湿潤性を与えたうえ、ナイロン線条をガイドロールを通じて直径の同一の二つのロール(第一延伸ロールと第二延伸ロール)にかけ、第一延伸ロールが一廻転する間に第二延伸ロールを四廻転させてナイロン線条を延伸するが、その際、第一延伸ロールの下部に上下に移動可能な湯槽を設置し、湯槽の中の水をガスバーナーで約摂氏六十度から百度まで加熱し、ナイロン線条の太さに応じて、湯槽を上下して、ナイロン線条を湯の中を通過させたり、蒸気をかけたりして延伸する(以上延伸ナイロン線条)

(ハ) 前記(イ)の方法に代え又はこれと併せて、中空ドラムを接触通過したナイロン線条をガイドロールを通して金属板の上を通過させるにあたり、金属板の両端にコンニャクを置き、ナイロン線条をコンニャクに接触させたのちにタライに収納する(なお前記期間内に、被告がコンニャクを使用したことは、当事者間に争いがない。)

(2)  昭和三十五年一月ごろから同年九月ごろまで

前記(イ)のように、ナイロン溶融紡糸機から押し出されたナイロン線条を、前記水槽の中に別に設置した幅及び高さいずれも約六センチメートル、長さ九十センチメートルの容器に入れた蟻酸二十五パーセント、カプロラクタム五パーセントの混合水溶液を通過させて冷却(急冷)してこれを前記(イ)同様タライに収納する(なお、右期間中、被告が前記混合水溶液を使用していたことは、当事者間に争いがない。)

なお、前記(1)と(2)の期間が競合する間は、それぞれ、(1)もしくは(2)の方法を使用したものと推認しうる。

(3) 昭和三十五年十月ごろから昭和三十六年十二月ごろまで前記ナイロン溶融機から押し出されたナイロン線条を、溶融機の直下を廻転している金属製中空ドラムに接触させてドラムとともに一廻転させたのち、右ドラムと逐次連結され、これと反対方向に同一速度で廻転する第二から第四のドラムに順次接触廻転させ、その後、延伸するために、ガスバーナーで常時摂氏七十度から八十度の温度を保つている第五ドラム及び廻転速度が第五ドラムの約三倍から四倍の第六から第八ドラムを通過させて捲き取り機にかけて捲き取るのであるが、右処理工程のうち第一から第四ドラムを通過させるいずれかのときに(主として、第一の金属製ドラムに接触廻転するとき)、ナイロン線条に水を注いでこれを冷却(急冷)する。

(4)  昭和三十七年一月以降

前記ナイロン溶融紡糸機から押し出されたナイロン線条を、直径一メートル五十センチの金属製ドラムに接触させて一廻転させたのち、二個の小ドラム及びガイドローラーを経てナイロン線条を捲きとるのであるが、右処理工程中、最初のドラムにナイロン線条を接触廻転させるに際し、右金属製ドラムの表面もしくはナイロン線条自体に水を注いで、ナイロン線条を水で冷却(急冷)する(なお、ナイロン線条の延伸は、前記と同方法である)。

(二)  被告は、前認定の(一)、(1)の(イ)及び同(3)、(4)の各場合においていずれも水でナイロン線条を急冷していない旨主張し前掲〈証拠〉中には、右主張に添う記載及び供述部分がある。すなわち前記(一)、(1)の(イ)の認定事実のナイロン生産方法に関しては右〈証拠〉中には、ナイロン線条を水槽中のガイドロールを通じて水槽の水を通過させるのは、作業開始直後のみで、ナイロン線条が右により手でもてる程度に温度が下つたときは、ナイロン線条をガイドロールからはずして、これを水槽の横に設置してある約二メートル五十センチの高さにあるガラス製ガイドに架け、爾後は、ナイロン溶融紡糸機から、直接右ガラスガイドを経て引き取りロールに誘導し、ナイロン線条を空気で冷却している旨の記載及び供述部分があり、検証(第一回)の結果によれば、ガラス製ガイドが存在することは認められるけれども、検証(第一回)の結果により認めうべき検証時(昭和三十五年四月十二日)における水槽の構造が水槽中の水が注水用のゴム管及び排水パイプにより常時循環しうる構造になつていたこと(これは、加熱されたナイロン線条により水の温度が上昇することを避けるための装置と推認され、作業当初のみにおいて水槽を使用するとすれば、水の温度の上昇は殆ど考えられず、したがつて、かかる装置を必要としないものといわざるをえない。)、水槽中のガイドロールにナイロン線条痕がついていたこと(作業当初に使用するのみでは、このようにに線条痕がつくことは考えられず、常時使用を推認せしめる。)冷却後延伸前のタライに収納されたナイロン線条が水に濡れていたこと及び被告が検証時に、その主張のガラス製ガイドを使用してナイロン線条を生産する作業をさしたる理由もなく拒絶したこと並びに〈証拠〉をあわせ認めうべき前記(一)(1)の期間内に生産された被告のナイロンテグスがその透明度、結晶の発生部分及び性質等から、到底、空気で冷却したナイロンテグスの性質を具有せずむしろ水で冷却したナイロンテグスに極似していること等の事実からにわかに信をおき難い。

次に、前記(一)の(3)、(4)認定にかかる方法につき、被告本人尋問の結果(第二回)中には、いずれも、ナイロン溶融紡糸機から押し出されたナイロン線条が最初に接触する金属製ドラムは、いずれも中空ドラムであつて、ドラムの内部に注水してドラムを冷却させ、冷却したドラムの金属の表面及び捲き取るまでの空気中における空気冷却をしているもので、右ドラムの内部に水を注水するに際しては、ドラムの外側を廻転するナイロン線条には水がかからないような構造としている旨の供述部分があり、検証(第二回)の結果によれば、昭和三十七年五月四日当時使用していた被告の金属製ドラムは、なるほど構造上内部に注水すれば外部のナイロン線条には水がかからない構造となつていたことは認められるけれども、反面、水を内部に注水しないで外部に注ぐことも可能であるから、水が絶対にナイロン線条に注がれないという構造とはいいえないし、また、〈証拠〉をあわせ認めうべき昭和三十六年三月ごろ、同年九月ごろに生産販売されていた被告の各ナイロンテグスが、その性質、透明度、結晶等から金属もしくは空気で冷却された性質を有具せず、むしろ水で冷却したものとその性質、透明度等が極似していること、検証(第二回)の結果及び鑑定人Uの鑑定の結果により認めうべき右検証時(昭和三十七年五月四日)に採取した被告の完成品が、その性質、透明度等水で冷却した製品と極似の性質、透明度等を具有していること等から、前同様にわかに信をおき難く、前(一)、(3)、(4)認定のように、ドラムの外部から注水しているものといわざるをえず、他に、前記(一)認定を左右するに足る適確な証拠は、みあたらない。

三本件特許発明と被告の方法との比較

(一) 前記二の(一)の(1)のイ、同(一)の(3)、(4)の各方法について

右各方法は、いずれも加熱されたナイロン線条を水で急冷するものであるところ、ナイロンが過異量体であることは証人Mの証言により明らかであり、水が本件特許発明にいう液状不活性溶媒であることは当事者間に争いがないから、被告の右各方法は、いずれも本件特許発明の技術的範囲に属する。

(二) 前記二の(一)の(1)の(ロ)の方法について

ナイロン線条を湯中を通過させたり、蒸気をかけて延伸処理することは、湯が水と同じ不活性溶媒であり、湯もしくは水の気状である蒸気でナイロン線条を処理することは、明らかに、本件特許発明の技術的範囲に属する。

(三)前記二の(一)の(1)の(ハ)の方法について、

加熱されたナイロン線条をコンニャクに接触させることは、コンニャクが水分を多量に含むものである以上、結局水を使用して、ナイロン線条を急冷するものというべく、したがつて、右方法も、本件特許発明の技術的範囲に属する。

被告は、コンニャクはナイロン線条の押えに使用している旨主張し、被告本人尋問の結果(第二回)中には右主張に添う供述部分があるが、それを使用する意図の如何にかかわらず、実際に、加熱されたナイロン線条の急冷の作用を営むものである以上、使用意図の如何は前認定の支障となるものではない。

(四) 前記二の(一)の(2)の方法について、

被告は、蟻酸二十五パーセント、カプロラクタム五パーセントの混合水溶液で加熱されたナイロン線条を急冷しているので右混合水溶液が本件特許発明にいう液状不活性溶媒に当たるかどうかを判断するに、〈証拠〉を合わせ考えると、過異量体の紡糸については、従前は、液体でこれを溶かしていたもので、熱で溶融して紡糸する方法がはじめて発明されたのが本件特許発明であり、したがつて、過異量体を一旦加熱して溶かし、これを更に、従前の方法とは正反対の溶かさない液で処理する方法も、また、本件特許発明がはじめてであり本件特許発明において、右の溶かさない液で急に冷却するのは、ナイロンに例をとれば、ナイロンは、溶融された状態からこれを徐々に冷却すると一定の温度(摂氏二百十度)で急激に結晶が多くなり、結晶が多くなればナイロン線条を不透明ならしめるとともに、ナイロン線条自体がもろく折れ易く、弾性がなく、延伸も困難となる(延伸するのは、延伸により分子配列を整列して強靱にするため)ため、右結晶の多い温度を急に通過させて結晶のできない状態において固体化するためであるとともに、急冷中にナイロンに化学的変化(すなわち、ナイロンを溶解したり、解重合させたりすること。)を生ぜしめて製品に悪影響を及ぼさないように急冷液に不活性溶媒を使用するものであること、本件特許発明において不活性溶媒として記載されている水においても、ナイロンを急冷するに際し、約百万分の3.9パーセントの溶解度を示すことが認められ、以上の事実によれば本件特許発明にいう不活性溶媒とは化学的に絶対にナイロン等の過異量体を溶解しないものをいうのではなく、本件特許発明の実施にあたり、急冷に際し、ナイロン等過異量体に化学的変化を与えてこれに悪影響を及ぼすことなく処理生産された製品が工業的に充分採算等のとれるような溶媒を意味すると解するのが相当である。次に、〈証拠〉を総合すると、被告の前記混合水溶液でナイロンを急冷処理した場合においては、水によりナイロンを急冷処理した場合に比較して、その溶解された沈澱物が多少多くなるが(被告の混合水溶液で処理した場合にはナイロンの全体の重量の百万分の8.8パーセントであり、水で処理した場合にはナイロンの全体の重量の百万分の3.9パーセント)、それとても、ナイロンの溶解度が百万分の4.9パーセントの差異をみるだけで、蟻酸五十五パーセントの混合水溶液の場合にみられるナイロンの全体の重量の1.37パーセントに比較するとほとんど差異がないといつても過言でないこと、また、被告の混合水溶液で処理したナイロン線条と水で処理した場合のナイロン線条とを比較すると、その透明度において被告の混合水溶液による場合は水の場合に比較してわずかに黄変しているがかなり透明であり、結晶の程度において、被告の混合液による場合は、水の場合に比較すれば、表面に厚い結晶がみられるが、結節強度、引張強度の点において水の場合に比し、いくらか劣る程度で、ほとんど差異がないことを認めることができ、以上の事実に前認定の本件特許発明における不活性溶媒の意味を合わせ考えると、被告の混合水溶液は、水における処理の場合に比して多少製品に劣るところがあるとはいえ、さほど異ならないところであるし、この程度の差異では、被告の混合水溶液によつて工業的に採算が充分とれるものと推認することもできるから、いまだ活性溶媒であるということはできず、本件特許発明にいう不活性溶媒に該当するといわざるをえない。

なお、証人Mの証言及び鑑定人Uの鑑定の結果をあわせると、被告の混合水溶液により処理されたナイロン線条は、その染色性において水により処理されたものより多少優ることが認められるけれども、これは右Mの証言によれば、ナイロン線条の表面が多少粗目になることを利用した結果であり、ナイロン自体が化学的変化をしたためではないことが認められ、また、本件特許発明は染色性についてはなんら言及していないものであるから、染色性が多少優れているからといつて、直ちに本件特許発明にいう不活性溶媒に当らないといいえないことは、明らかである。

また、〈証拠〉は、前掲各証拠及びその実験の経過の処理方法が実際にナイロンテグスを生産する場合の処理方法と所要時間等において著しく異つていることからにわかに信用し難く、証人Kの証言も、前掲各証拠に照らしてにわかに信用し難く、成立に争いのない乙第一号証、乙第十五号証記載の各鑑定意見、及び鑑定人Uの鑑定結果は、前掲各証拠に照らして、当裁判所のにわかに賛同し難いところであり、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

したがつて、被告が蟻酸二十五パーセント、カプロラクタム五パーセントの混合水溶液を使用して加熱したナイロン線条を急冷することは、本件特許発明の技術的範囲に属するものといわざるをえない。

四差止請求等

(一)  被告が昭和三十七年一月以降、加熱溶解されたナイロンを紡糸機から押し出して線条に成型するときに水で冷却して処理して生産していること及び右処理方法が本件特許発明の技術的範囲に属することは前認定のとおりであるから、水で冷却処理してナイロンテグスを生産し、生産したナイロンテグスを譲渡し、または譲渡のために展示することの差止を求める原告及び共同参加人の請求(別紙第一目録の一の(1))は理由がある。

次に、被告が、昭和三十四年一月ごろから昭和三十五年四月ごろまでの間、線条に紡糸成型したナイロン線条を延伸する前に湯またはその蒸気によつて処理していたこと及び昭和三十五年一月ごろから同年九月ごろまでの間、加熱溶解されたナイロンを紡糸機から押し出して線条に成型するときに蟻酸二十五パーセント、カプロラクタム五パーセントの混合水溶液で冷却し、その後空気中を経て捲きとつて処理していたこと並びに右各方法がいずれも本件特許発明の技術的範囲に属することは前認定のとおりであり、かつ、被告でナイロン溶融紡糸機冷却用中空ドラム、ローラー、水受け流し(皿)、冷却槽、樋状液槽を占有することは当事者間に争いないところであるから、被告が右各装置を利用して、従来の経験から今後、再び右各方法によりナイロンテグスを生産するおそれがあるものと認めることができる。したがつて、右各方法によるナイロンテグスの生産、生産したナイロンテグスの譲渡、または譲渡のための展示の差止を求める原告及び共同参加人の請求(別紙第一目録の一(2)の及び同二の(1))は理由がある。

次に、被告がナイロンテグスの生産につき経験を有していること及びその生産に必要な装置を有していることは前認定のとおりであり、証人Kの証言によれば、水または蟻酸二十五パーセント・カプロラクタム五パーセントの混合水溶液に代えて、塩類の水溶液、アルコール及びその水溶液、炭化水素及びそのハロゲン置換体等の不活性溶媒を使用してナイロンテグスを生産することは、当業者の容易に考えられることであり、これらの入手も容易であることを認めることができ、これらの事実を合わせ考えると、被告が前記塩類の水溶液等を使用して加熱溶解されたナイロンを紡出孔から押し出して線条に成型するときに冷却すること及び湯またはその蒸気に代えて、前記塩類の水溶液等もしくはその蒸気でナイロンを延伸する前にナイロン線条を処理することは充分に推認されるところである。したがつて、右各方法によるナイロンテグスの生産、生産したナイロンテグスの譲渡、または譲渡のための展示の差止を求める原告及び共同参加人の請求(別紙第一目録の一の(3)、同(二)の(2))は理由がある。

次に、被告は、昭和三十四年一月ごろから昭和三十五年四月ごろまで、水で冷却処理したナイロン線条を延伸の前に湯またはその蒸気によつて処理したことは前認定のとおりであり、これに、前記のとおり被告がナイロンテグス生産の経験を有することをあわせ考えると、被告が、水により冷却処理したもののみならず、前記蟻酸・カプロラクタムの水溶液、塩類等の水溶液で冷却処理したナイロン線条を延伸する前に湯またはその蒸気のみならず、前認定の塩類等の水溶液で処理することは充分推認しうるところである。したがつて、右の方法により処理してナイロンテグスを生産し、生産したナイロンテグスを譲渡しまたは譲渡のために展示することの差止を求める原告及び共同参加人の請求(別紙第一目録の三)は、理由がある。

したがつて、原告及び共同参加人の本訴差止請求は、すべて理由がある。

(二)  被告がナイロンテグスをその肩書住居地において占有していることは、検証(第二回)の結果並びに本件弁論の全趣旨により明らかであり、かつ、右占有中のナイロンテグスが水もしくは蟻酸・カプロラクタムの混合水溶液のいずれかにより急冷され、あるいは、湯または蒸気によつて延伸の前に処理され、もしくは右冷却処理されたのちに湯またはその蒸気によつて処理されたものであることは前認定のところから明らかであるから、これが廃棄を求める原告及び共同参加人の請求は理由がある。

なお、原告及び共同参加人は、塩類等の水溶液で冷却処理されたのちに、塩類等の水溶液またはその蒸気で延伸前に処理したナイロンテグスについてもその廃棄を求めるが、被告は、いまだ右方法でナイロンテグスを生産していないことは前認定のとおりであり、したがつて、右方法によるナイロンテグスを占有していることはありえないところといわざるをえないから、右請求は失当である。

(三)  被告がその肩書住居地は溶融紡糸機、冷却用中空ドラム、ローラー、水受け流し(皿)、冷却槽を占有していることは当事者間に争いがない。そして、被告が右各装置を使用してナイロンテグスを生産していたことは前認定のとおりであり、前記検証(第一、第二回)の結果によれば、右各装置は、溶融紡糸機とともに、ナイロンテグスの生産に関し、一連の作業形態の各部分として使用され、かつ、現在までナイロンテグスの生産にのみ使用されてきたものであることが認められるから、これが他の用途にも使用できる旨の反証がない本件においては、右各装置は、いずれも本件特許権を侵害するナイロンテグスの生産にのみ使用されるものと認めるのが相当である。したがつて、これが除却を求める原告及び共同参加人の請求は理由がある。

なお、原告及び共同参加人は、右各装置の附属品の除却をも求めるが、単に附属品というのみでは、その物件が特定できず、したがつて、それらが果して、本件ナイロンテグスの生産にのみ使用されるものかどうかも判然としないこととなるから、単に、附属品とのみ表示してその除却を求める請求は、理由がない。

五損害賠償請求

(一)  侵害行為

被告が、昭和三十四年一月一日以降、昭和三十六年四月末日まで、前記二の(一)の(1)、(2)、(3)認定の各方法を順次使用して、ナイロンテグスを製造したこと及び右各方法が本件特許発明の技術的範囲に属することは、いずれも前認定のとおりである。

(二)  故意過失

次に、〈証拠〉をあわせ考えると、昭和三十四年七月ごろ、原告会社の社員が被告宅を訪れて、被告に対し本件特許発明の内容を説明するとともに、当時の、被告のナイロンテグスの生産方法が本件特許発明に牴触するから中止するように申し入れたことを認めることができるから、同月以降、被告がその生産方法を変更したとしても、本件特許発明の内容を了知しながら、再び、本件特許発明に牴触する前認定の方法でナイロンテグスを生産したことは、被告において当業者に必要な本件特許権の侵害を避けるための充分な注意義務をつくしたとはいい難い。したがつて、同月以降は、被告において、本件特許権に牴触することを知つていた場合はもとより、牴触しないと思つていたとしても、そう信じたにつき、過失があると認めるほかはない。次に、昭和三十四年一月一日以降、右のように、被告が本件特許発明の内容を知るまでの間は、ナイロンテグスの生産又は譲渡を業とする者は、右生産方法につき如何なる特許権が存するかにつき充分注意し、存在する特許権についてはこれを侵害することのないようにすべき義務があるものというべきであるから、たとえ、被告が被告本人尋問(第二回)において供述するように、本件特許権の存続期間が消滅していたと信じていたとしても、その点について、なお過失があるものというべきである。もつとも、被告は、本件特許発明の特許公報を取り寄せた際、訂正前の公報しか交付して貰えなかつた旨被告本人尋問(第二回)の結果において供述するが、成立に争いのない甲第二号証の一(訂正前の特許公報)と同第二証の二(訂正後の特許公報)を比較対照すれば、その名称及び特許請求の範囲の文言が多少訂正されているのみで、その「発明の詳細なる説明」の項及び附記は全く同一であり、右特許請求の範囲の記載にしても、右「発明の詳細なる説明」と合せ熟読すれば、その技術的範囲はほとんど差異がないことを認めることができるから、仮りに、被告が訂正前の特許公報をもつて本件特許発明の特許公報と誤認したとしても、これによつて、被告に故意もしくは過失がないということはできない。

(三)  損害額

共同参加人が、本件特許発明につき本件専用実施権を設定登録していることは当事者間に争いなく、〈証拠〉を総合すると、原告と共同参加人の間における右専用実施権の実施料は、共同参加人において販売したナイロンテグスの販売量に一定の率を乗ずる方式(年間百万ポンド未満の場合には売上額の四パーセント、年間百万ポンド以上二百万ポンド未満の場合には売上額の3.5パーセント、二百万ポンド以上の場合には売上額の三パーセント)のものであること、わが国におけるナイロンテグスはその市場のほとんどを共同参加人の製造販売にかかるナイロンテグスが占有しているが認められ、右によれば被告の右侵害行為により被告が生産販売した量だけ共同参加人のナイロンテグスの販売量が減少し、結局、原告が共同参加人から受領しえた右被告の販売量に対応する実施料が減少するのであるから、原告は被告の右侵害行為により本件特許発明の実施の対価として通常受くべき金銭の額すなわち実施料額相当の得べかりし利益を失い、これと同額の損害を蒙つたものというべきである。

しかして、前掲Mの証言によれば、共同参加人の年間の販売量は、本件専用実施権を設定して以来現在まで、常に年間百万ポンド以下であり、したがつて、原告が共同参加人から受領している実施料は、その売上額の四パーセントであること、被告が生産販売しているナイロンテグスにつき、その品質、形状、太さ等から、これを共同参加人が生産販売するナイロンテグスと比較すると、その販売価格は、一キログラム当り金五千九百円相当のものであることを認めることができるから、原告が蒙つた損害額は被告の生産販売したナイロンテグス一キログラムにつき金二百三十六円である。

次に、右期間中、被告の生産販売したナイロンテグスの量を検討するに、〈証拠〉を総合すると、被告は昭和三十四年七月十五日から昭和三十六年三月十四日までの間に合計六千七百二十キログラムのテグス生産用のナイロンを購入したことを認めることができる。前掲〈証拠〉中には、昭和三十四年七月ごろに、被告がナイロンの生産量は一か月約一トンである旨述べたとの記載及び供述があるが、右は、前掲乙号各証に比照して、非常に不明確であり、にわかに措信し難く、また、被告本人尋問(第二回)の結果中、前認定に反する部分もその数量等が判然としたものでなく、にわかに措信し難い。

したがつて、被告は、右ナイロンをナイロンテグスに生産して販売したと推認するのが相当であり、これにより原告の蒙つた損害は、右六千七百二十キログラムに一キログラム当り金二百三十六円を乗じた金百五十八万五千九百二十円となること計算上明らかである。

(四)  結論

したがつて原告の損害賠償請求は、右金百五十八万五千九百二十円及びこれに対する本件不法行為の日ののちである昭和三十六年六月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが右を超える部分は理由がないものといわざるをえない。

六信用回復請求

被告の製品が東京、大阪、静岡、千葉及び東北方面の市場に出廻つたことは、当事者間に争いがない。

しかして、〈証拠〉を総合すると、日本国内においては、共同参加人の製作販売する東洋レーヨンナイロンテグスが市場のほとんどを占め、また、その性能が良質のために共同参加人のナイロンテグスの信用は高く、右ナイロンテグスの性能を通じて原告の信用もまた高いこと、被告のナイロンテグスは共同参加人のナイロンテグスに比して、その透明度、性能(引張り強度、結節強度等)が劣り、購入者が不満を述べた事例もみうけられることを認めることができるが、被告のナイロンテグスは、共同参加人のナイロンテグスに比してその生産数量はまことに微々たるものであり、被告がことさらに、被告のナイロンテグスを共同参加人のそれとして誇示したことも認められないし、また、ナイロンテグス等においては、その製造元等を示したり、購入者において指定して購入することも充分考えられるから被告のナイロンテグスが共同参加人のそれと誤認されるおそれが、常にあるとも考えられない。以上のように被告のナイロンテグスの販売量等を考慮すると、前認定の程度においては、被告の実施行為により原告及び共同参加人の業務上の信用が害されたものと認めることはできない。

したがつて、原告の信用回復措置請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないといわざるをえない。

七むすび

叙上認定のとおりであるから、原告及び共同参加人の本訴請求中、被告のナイロンテグスの生産、譲渡、譲渡のための展示の差止を求める部分は全部、被告が肩書住居地において占有するナイロンテグスの廃棄、機械の除却を求める部分は、前記四の(二)、(三)認定の限度で、いずれも理由があるが、その余の廃棄、除却を求める部分は理由がなく、また、原告の本訴請求中損害賠償を求める部分は、前記五認定の限度で理由があり、それを超える部分及び謝罪広告を求める部分は理由がないものといわざるをえない。

よつて、原告の本訴請求は、主文第一項ないし第三項掲記限度においては正当としてこれを認容しその他は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。(三宅正雄 太田夏生 荒木恒平)

第一目録

左記一から三のうち、いずれかの処理によりナイロンテグスを製造する方法

一 溶触されたナイロンを紡出孔から押し出し線条に成型するとき、

(1) 水で冷却して処理し、

または、

(2) 蟻酸二十五パーセント以下、カプロラクタム五パーセント以下の混合水溶液で冷却し、その後空気中を経て捲き取ることによつて処理し、

または、

(3) 塩類の水溶液、アルコールおよびその水溶液ならびに炭化水素およびそのハロゲン置換体で冷却して処理するか、

あるいは、

二 線条に紡出成型しナイロンを延伸する前に、ナイロン線条を、

(1) 湯またはその蒸気によつて処理し、

または、

(2) アルコールもしくはアルコール水溶液、またはこれらの蒸気、または塩類水溶液で処理するか

あるいは

三 一の処理の後に二の処理を行う。

〈以下省略〉

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